「証明」

小さな問題が顕在化した。

顕在化(けんざいか)→潜んでいたことがはっきりと表面に現れる事。

しかし、その「問題」は私にとっては取るに足らないこと。

「問題」にすらならない程度の事。

では、何が問題なのか?。

普段から、通常業務の中で「やらなければいけない仕事」をやろうとしなかったツケが回ってきただけの事。

「やろうとしなかった」為、その事に対するスキルが身につくはずはない。

当然、形となってはっきり表れた時には対処できない。

私ならそもそも、その問題は問題にならない。

最初から出来たわけではなく、普段からやっているから。

「やろうとした」から。

「やらない」という選択肢もあった。

私は分かっていた。

「必ず問題になる」。

私は考える。

問題になった時に回りが助けてくれるかは分からない。

そもそも、「普段から怠惰な態度で仕事をしている人に誰が自分の時間や労力を提供してくれるのだろうか?」っと。

怠惰(たいだ)→すべき事をなまけて、だらしない性質、様子。

私は今、40を超えて算数のやり直しと字の練習をしている。

いい大人が馬鹿げた話だ。

しかし、どんな馬鹿げた事でも「必要」と感じるなら勉強すべき。

聞いたことがある言葉。

「人生は甘くない、世間は甘くない」。

だからこそ、私は考える。

前進する事を諦め、前進する人を笑う者が称賛され、認められ、裕福な人生を送る事が出来るのか?。

私の答えは「出来ない」。

私は誰もが知る一流企業に勤めている訳ではない。

私はその会社の小さな歯車の一つ。

説得力はないかも知れません。

だから、私の言葉ではなくてもいいです。

著名人の方の言葉でいいですから信じて下さい。

前進する事を諦めた人には、必ずツケが回ってくる。

その前進は最初、どんな小さな事でも良いです。

他人に言う必要はないが、言ったらきっと笑われるだろう。

しかしそんな事はどうでもよい。

何故か?。

実は「気にしない」訳ではない。

笑われたり馬鹿にされるのが嬉しいはずもない。

では、何故どうでもよいのか?。

「証明」されたから。

「失敗」

失敗という事は「良くない事」かも知れない。

でも、「失敗しない」という事だけを考えた時に成長はあるのだろうか?。

例えば、今、私はパソコンでこのブログを書いている。

パソコンの事はあまり詳しくないが電源を入れる事は出来る。

この「電源を入れる」という行為を失敗する事はないだろう。

「失敗しない」が目標なら、それ以上パソコンを使うのはリスクが高すぎる。

例えば、このブログを書く時にタイピングをする。

当然(?)、打ち間違えをしたりする。

「失敗だ・・」。

「失敗を目標」にするのは間違いだと思う。

「失敗をしてしまう」という事は、今の自分の能力より難しい事をやろうとした結果じゃないだろうか?。

「失敗」は不安。

「出来る事だけ」しかやらないのなら、何も伝えられないし、何も得られない。

「理屈」

時には自分に対しても通用しない時がある。

時には理屈ではない時がある。

理屈・・・そんなものは知らねーな。

逃げても泣いてもいいさ。

笑われてもいいさ。

そんな時もあるさ。

「表現」

人にはそれぞれ違う部分がある。

「皆と違う事」に自分を見出そうとして無理をしてる時期があった。

では、皆が「右が正しい」と言い「皆が右を向いている」時に自分は「左が好き」と言い左を向くのは「無理」をしているのか?。

どちらかの良し悪しではなく、そう「表現」したいだけかも知れない。

流行りの服を着る。

そこから「自分を服で表現したい」と思うときっと「皆と違う」服装になるのではないか。

それは無理をしている訳ではなくそう感じているのだろう。

自分が皆と違う事を感じる時、してる時。

「違う事をする」のが目的ならばそれでいい。

では、目的ではない場合はどうする?。

「違う事をわざとしている」と誤解される時もあるかもしれないが・・

大切な事は

自分が「何を」「どう表現したいか」。

「陰影」

コップに水が半分入っている。

ある人は半分「も」入っているといい、

ある人は半分「しか」入っていないという。

有名な例え。

前者の例えの方が感謝や幸せを感じるだろう。

中にはそう思えない人もいる。

私もその中の一人・・・「だった」。

ただ、私は「思いたい」と思えば思うほど遠ざかって行った。

人にはそれぞれ違いがある。

同じコップで同じ水の容量でも夏と冬では感じ方が違うはず。

夏なら「足りない」と思い、冬なら「十分」と思うだろう。

人にはそれぞれ影がある。

ある出来事を肯定的に捉えられる人もいれば、否定的に「しか」捉えられない人もいるだろう。

その陰影は一つではないはず。

考えてみれば当たり前の事だが不思議と一つの括りで捉えようとする。

ポジティブ、ネガティブ。

そして、その一つの例えの一つの考えで自分の性質が陽か陰か決めてしまう。

不思議な事だ。

「利用規約」

まず、結論から申し上げます。

出会い、金銭要求は一切しません。

SNSを通して私から個人に向けて「出会いや金銭の要求」は一切致しません。

私が第三者(友人、家族など)に依頼をして「出会いや金銭の要求」をする事も一切ございません。

もし、上記のような要求があった場合は「全て嘘」と判断して下さい。

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不安、孤独、孤立、怒り、焦燥(しょうそう→焦りや苛立ち)などの感情は判断力を誤る大きな要因です。

後々、冷静になって考えると「何であんな事したのだろう?」と思う事は誰しもあるはず。

そういった時は「相談する」という選択肢も見えなくなります。

そういった時こそ、病院や市役所など公的な機関に相談してください。

個人ではなく機関に相談。

また、これも大事なことですが、

一つの病院や市役所に相談して駄目だったからと言って全ての施設が同じという訳ではありません。

不安で一杯になると「何も見えなくなります」。

お互い気をつけましょう。



Terms of service.

NO encounters or money requests.

I will not make any “meeting or money requests”from SNS to individuals.

I never ask a third party(friend, family,etc.)to make a “meeting or money request”.

If there is a request like the above,please judge”all lies”.



「維持」

最低でも現状維持したい・・と考える。

特に上手くいっていない時は・・。

でも、「現状維持」を目指すという事は・・。

「低下」である。

「維持」出来ていない。

「出来る事しかやらない」という事だから。

足し算が出来るようになったら、引き算、掛け算、割り算と進んで行かないといけない。

「維持」を目指す・・ということはずっと足し算をしていること。

新しい事に挑戦するのは苦しい時もある。

しかし、それは「成長」だろう。

アイテム「成長の証」を手に入れよう。

maintenance.

I want to keep the status quo at a minimun.

Especially when you are not doing well.

However,aiming to maintain the current situation・・。

It is a decline.

It cannot be maintained.

Because you can only do what you can.

When you can add,you have to go ahead with multiplication,multiplication,and division.

Aiming for maintenance is always adding.

Sometimes it’s hard to try new things.

That will grow.

Get the item”Proof of Growth”.

「息吹」

ある町の入り口には「ゴーレム」という、石に命を吹き込まれた魔物がいます。

ある町の温泉の南に4歩、歩いたところを調べると笛があります。

その笛で魔物は眠りにつきます。

有名なゲームのイベントです。

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「作品に命を吹き込む」という表現を聞いたことありませんか?。

絵画、彫刻、音楽・・何でも。

私は芸術のことは分かりませんが、「命を吹き込む」とは人に見てもらって成立するのではないか?・・と思うのです。

芸術ではなくても一般のサービスでも。

普段、何気なく飲むコーヒーでも、「300円で人に飲んでもらおう」と考えると様々な事を考えます。

カップはこれでいいか?砂糖は?ミルクは?そもそも温度は適切か?大体、豆はこれでいいのか?・・など。

この過程を考え実行していく度に、少しずつ「命」が吹き込まれていく・・と感じるのです。

今、自分がやっていること・・やろうとしていることに「命」吹き込んで見るのはどうでしょうか?。

身近な人で良いと思う。

それでも考える事は増えます。つまり労力も増えます。

「大変だな・・」と感じる事は沢山ありますけど、「そのまま」にしておくのは勿体ないのではないでしょうか?。

「劣等」

私は他人より劣っていると思っている。

ネガティブ?。

でも、不幸ではない。

そう、思わない。

自分は他人より恵まれていると感じる。

そう「思いたい」ではなく「そう感じる」。

不安症などの症状は自己肯定が低かったり、劣等感が強い人がなりやすいそうです。

私自身そう感じる。

以前はその思いが強かった。

だから、「症状」として現れたのかもしれない。

現在、「他人より」は「他人と比較すれば」行動できない。

が、以前の自分と比べると信じられないことをしている。

人よりは出来ない事が多い。

人と一緒にスタートすれば遅いだろうけど・・・

「やってみればいい」。